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二本松城2018.09.29←福島県二本松市

9月29日(土)に二本松城の発掘調査現地説明会に参加した際に観音丘陵に登ってみました。
久保丁橋より城山を望む。
二本松城2018.09.29A

本丸直下の大石垣が樹間より顔を出しています。
二本松城2018.09.29B

 二本松城2018.09.29C

箕輪門。
二本松城2018.09.29D

二本松城2018.09.29E
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

桑折陣屋←福島県伊達郡桑折町

貞享3年(1686)に幕府代官所として建てられた桑折陣屋。敷地は住宅地となり遺構は無いようです。
隣接する旧伊達郡役所敷地内に案内板が設置されています。
桑折陣屋2017.03.25A

桑折陣屋2017.03.25B

桑折陣屋2017.03.25C

桑折陣屋2017.03.25D

桑折陣屋2017.03.25E

テーマ : 歴史
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向羽黒山城 その3

向羽黒山城の二の曲輪。
鶴ヶ城が遠望できました。

向羽黒山城二の曲輪A

向羽黒山城二の曲輪B

向羽黒山城二の曲輪C

向羽黒山城二の曲輪D

向羽黒山城二の曲輪E

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

向羽黒山城 その2

向羽黒山城の続きです。
北曲輪虎口に見られる石列。
周辺には多くの石材が散乱しているので石列というより石積石垣であったと思われる。

北曲輪石列A

北曲輪石列B

北曲輪石列C

北曲輪石列D

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向羽黒山城 その1

2016年6月11日(土)行われた向羽黒山城歴史講演会「葦名盛氏と医師糟尾宗頤」聴講後に向羽黒山城を歩いてきました。
これまでの向羽黒山城訪城は、11月末の現説の時か、桜の頃でこの時期に入るのは初めてでした。さすがにこの時期は草木が茂り、遺構も見にくくはなっていますが、巨大な山城を堪能してきました。城内の石積みを少しだけ紹介します。

向羽黒山城講演会A

向羽黒山城講演会B

向羽黒山城講演会C

向羽黒山城講演会D

向羽黒山城講演会E

向羽黒山城講演会F

テーマ : 歴史
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綱取城←福島県耶麻郡北塩原村

柏木城現説の帰りにちょっと寄って見た綱取城。夕闇迫る中現地案内板を見て少しだけ登ってみましたが、遺構も見にくくなっていたので無理せず退散。またの機会にじっくりと攻めてみたいと思います。

綱取城2015.11.01E

綱取城2015.11.01A

綱取城2015.11.01B

綱取城2015.11.01C

綱取城2015.11.01D

空堀?後世の水路跡?写真では明るく見えますが実際は何が何だか・・・・・。ここで退散。
綱取城2015.11.01F

テーマ : 歴史
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新宮城←福島県喜多方市

福島県喜多方市の新宮城です。
平成27年(2015)11月1日(日)に登城。
方一町を越える巨大な主郭を天然の谷を利用した外郭で囲む巨大な城館です。
駐車場・案内板など整備されていますが、私有地が多く主郭以外は見学しにくい城郭です。
駐車場に残存土塁があったのですが写真を撮り忘れました。土塁らしく見えなかったのでうっかり・・・。案内板にはしっかりとかかれていたのですが・・・。

ボロボロ。何だか寂しい幟。
新宮城2015.11.01A

新宮城2015.11.01B

新宮城2015.11.01C

新宮城2015.11.01D

新宮城2015.11.01E

新宮城2015.11.01F

新宮城2015.11.01H

新宮城2015.11.01G



新宮城2015.11.01I

主郭と主郭を巡る堀。
新宮城2015.11.01J

新宮城2015.11.01K

新宮城2015.11.01L

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白河の関・関の森城←福島県白河市

白河の関は古代から中世にかけての複合遺跡です。猛暑の中久しぶりに寄ってみましたが、藪蚊の猛攻をうけて直ちに退散。写真を少し。


関の森1白河の関石碑。

関の森2現地案内板。

関の森3現地案内板。

関の森4現地案内板。

関の森5中世の土塁・空堀が巡ります。関の森城ともいわれています。

関の森6大規模な土塁。

関の森7見事な横堀。

白川城(搦目城)←福島県白河市

白河結城氏の拠点城郭。築城年代、廃城時期共に詳細は不明だが、一般的には結城朝光の孫の祐広が正応2年(1289)頃に下総結城より入部して以降の南北朝時代に築城されたと考えられている。廃城は永正7年(1510)の白河結城氏宗家と庶流小峰氏との対立「永正の変」により、白河結城氏の本城が小峰城に移って以降と考えられている。
城域は「館山堤ガ入」と呼ばれる谷地形を境に、西側(藤沢山地区)と東側(美濃輪地区)に大きくわけられる。藤沢山地区の御本城山と呼ばれているところが主郭と考えられ現在、案内板等が建てられている。現在福島県指定史跡になっているが、国指定史跡を視野に入れた発掘調査が昨年度から行われている。26年度まで発掘調査が行われ、その後本報告書を作成し早期に国指定を目指すようです。残念ながら昨年度の調査では現地説明会が開催されませんでした。昨年12月15日に行われた白河市文化財課の鈴木功氏による講演「小峰城跡の成立と展開」のなかで、調査区によって時代差があるようだと話されていました。報告書をまたなければなりませんが、興味深い知見ですね。今年度の調査にあたってはぜひ現地説明会を開催して欲しいです。また、昨年度の調査についての一般向けの報告会を開催して頂けると非常に嬉しいのでが!!
久しぶりに白川城を訪ねたのですが東日本大震災の影響でしょうか城址に多く建てられていた記念碑や供養塔・神社が倒壊していました。石造のベンチも崩れていました。今回主郭周辺しか見学していませんが城の遺構に大きな被害はないようです。ただ、振動で抜け落ちたと見られる倒木がありました。今回の大震災では樹木が大きく揺れる事によって地面に亀裂が入ったり、振動に耐えきれなくなって根こそぎ倒れたりしたケースを多々見ましたが、樹の生えている場所が曲輪の端や切岸の斜面である場合、曲輪や切岸の崩壊を招いています。栃木県の黒羽城では本丸と中の丸が大きく崩れました。遺構の保護のためには適当な伐木が必要ではないでしょうか!!


白川城平成25年5月12日1昭和39年9月建立の城址碑。


白川城平成25年5月12日2現地案内板。


白川城平成25年5月12日3倒壊した後村上天皇聖蹟之碑。


白川城平成21年1月20日1平成21年1月20日の様子。


白川城平成25年5月12日4倒壊した。結城宗広公を祀った神社。


白川城平成21年1月20日3平成21年1月20日の様子。


白川城平成25年5月12日9粉々になった記念碑。


白川城平成21年1月20日2在りし日の姿。平成21年1月20日。


白川城平成25年5月12日5主郭北側に残る土塁。東側に記念碑が建っていた。西側は櫓台状になっている。


白川城平成21年1月20日5巨大な石碑が建っていた。平成21年1月20日。


白川城平成25年5月12日10主郭西側の曲輪に建てられていた結城宗広公600年忌追善供養塔。


白川城平成21年1月20日4平成21年1月20日の様子。


白川城平成25年5月12日8赤線の部分にトレンチの埋め戻した跡が見られた。追善供養塔の建てられている主郭西側の曲輪。曲輪の南東部分にL字型の土塁が築かれていて主郭の切岸壁面との間に虎口が想定できる。


白川城平成25年5月12日7主郭にも数か所トレンチの跡が見られた。


白川城平成25年5月12日6主郭東側の曲輪。北側に土塁が見られる。この曲輪にも複数のトレンチの跡が見られた。


主郭を中心にかなり大規模な発掘調査が行われたようです。今まで謎が多かった白川城に初めてメスが入れられたわけで今後の調査結果が楽しみです。


★参考 鈴木功 「小峰城の成立と展開」講演資料。




小浜城←福島県二本松市

蒲生期に造られたとも言われる石垣が残る小浜城。主郭以外は薮や畑地となっていますが、わずかに残る石垣は見ごたえがありました。

小浜城平成25年4月15日a現地案内版。かなり痛んでいて文字が読めなかったり風で揺れて倒れるかと・・・。


小浜城平成25年4月15日b復元画の部分。


小浜城平成25年4月15日d小浜城平成25年4月15日c主郭の壁面は実にシャープ。どの程度旧態をとどめているのでしょう。


小浜城平成25年4月15日e主郭に残る石垣。写真で見ていた感じと違い、大振りの石材を使った見事な石垣。


小浜城平成25年4月15日f主郭への入り口。当時もここが虎口だったのでしょうか。階段が微妙に斜めについているので喰い違い虎口の可能性も。1981年(昭和56)に発掘調査が行われているのですがここも調査されているのでしょうか。手元に四本松城の調査報告書しかないので後ほど調べてみます。


小浜城平成25年4月15日g階段の西側の壁面にも残石が見られるのでこちらにも石垣があったのでしょうか。


小浜城平成25年4月15日h上から見てみました。


小浜城平成25年4月15日i主郭の城址碑。昭和3年建立。


小浜城平成25年4月15日j昭和47年に初代大内晴継公築城500年記念に建立されたもの。


小浜城平成25年4月15日k
伊達政宗公手植えの松。伊達政宗は二本松城の畠山氏を攻めるためにここに1年ほど居たようです。


小浜城平成25年4月15日l主郭に建つ案内板。


小浜城平成25年4月15日m伊達政宗の殿舎と思われる建物跡が見つかっているようです。伊達氏時代に作事だけではなく普請の方の改修も行われたのでしょうか。


小浜城平成25年4月15日n隅角部分でしょうか大振りの石。


小浜城平成25年4月15日o小浜城平成25年4月15日p堂々とした石垣です。


小浜城平成25年4月15日q小浜城平成25年4月15日r主郭と二郭との間の堀切跡。


小浜城平成25年4月15日s大手門跡。


今回は石垣の見学を目的に訪城したこともあって主郭しか見学していません。次回は発掘調査報告書などにも目を通して主郭以外の部分も歩いて見たいと思います。
訪城日(平成25年4月15日)。


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