FC2ブログ

黒羽城の被害の様子←栃木県大田原市

先日、黒羽藩大関家の墓所に東日本大震災で被害が出ていると書きました。今日はその被害の様子を確かめに黒羽に行って来ました。大関家墓所の被害を観た後に「紫陽花祭り」開催中の黒羽城跡に寄った所、城内のあちこちに立ち入り禁止の札があって何事かと警備員の方に伺うと、地震で大きな被害がでたとのこと。近くに住んでいながら黒羽城被害の情報をつかんで無かったのでびっくりしてしまいました。警備員の方が被害の様子を教えてくれたのですが、本丸南西隅の東屋が建っているところから物見櫓風の展望台が建っている間の本丸土塁と壁面が崩落したとのこと。土塁の上には桜が植えられているのですが、その桜の木が根こそぎ抜け落ちているそうです。また、この展望台あたりから北側の土塁には大きな亀裂ができているとのこと、一部崩落もあるそうです。黒羽城、本丸と言われている曲輪は二段になっていて上の段が本丸、下の段の現在駐車場になっている部分は中の丸と言うのですが、この中の丸部分の土塁にも崩落や亀裂があるそうです。今日も夕立がありましたが、今後の降雨や地震での崩落が心配です。大田原市はどのような修理を考えているのでしょうか?壁面をコンクリで覆うような安易な修理は避けて欲しいですね。関東でも有数の規模を誇り、慶長5年の上杉氏との政治的・軍事的緊張のもと、徳川方によって大改修が行われるなど、歴史的価値の高い城郭でるということを前提に修理される事を願うばかりです。旧黒羽町時代に公園化による改変が行われておりこれ以上の破壊はなんとしても避けてもらいたいと思います。


黒羽城被害1
黒羽城被害2あじさい祭り開催中。



黒羽城被害3
黒羽城被害4展望台、屋根瓦が落ち、内部構造にも被害があるとの事で立ち入り禁止。



黒羽城被害5
黒羽城被害6立ち入り禁止の札。


黒羽城被害7本丸西側の崩落の様子。




関連記事
スポンサーサイト



大田原藩大田原家墓所被害の様子

東日本大震災で被害を受けた大田原家の墓所の6月29日(水)現在の様子をお伝えします。大田原藩大田原家の墓所は栃木県大田原市の太田山光真寺にあります。光真寺は、天文14年(1545)に大田原家第13代資清によって菩提寺として建立されたと伝えられています。大田原家の墓所はもともとは本堂の裏山にあったそうですが、昭和15年に現在地に移され、平成10年には改修工事がおこなわれたそうです。移設以前の墓所の様子については残念ながら手元に資料がなくわかりません。現況、どの位往時の姿を残しているのでしょうか?昭和40年10月1日に大田原市重要文化財に指定されています。このたびの地震により残念ながら大きな被害が出てしまいました。個々の墓によって被害の度合いが違うのですが倒壊し粉々に砕けてしまったものも見受けました。修復するのが大変そうです。



光真寺大田原家墓所12光真寺大門。片側の門扉が外れるなどの被害を受けていました。


光真寺大田原家墓所13本堂前の大きな灯篭が倒壊していました。


光真寺大田原家墓所1墓所の入り口付近。

光真寺大田原家墓所2
光真寺大田原家墓所3墓所の案内板。


光真寺大田原家墓所4
光真寺大田原家墓所5
光真寺大田原家墓所6
光真寺大田原家墓所8
光真寺大田原家墓所9無残な姿の墓域。

光真寺大田原家墓所10
光真寺大田原家墓所11
本堂の裏山に建つ大田原家東霊廟跡の碑。周囲には他家のお墓が建っていて往時をしのぶ物はすでにない。藩政時代にはどのような墓所だったのだろうか?

関連記事

6月24日の小峰城の様子←福島県白河市

東日本大震災による小峰城の被害の様子は速報として友人の運営する「城郭情報部」掲示板に報告させて頂きました。このブログには一部写真を掲載しただけでしたのでもう少し紹介したいと思います。震災後4回ほど小峰城に行きましたが最新の6月24日の小峰城の様子です。


06.24小峰城の様子1清水門と崩壊した本丸南面の石垣。昭和57年に大雨によって崩壊したのもこの部分だが、崩れたのは本丸南面石垣の東隅から桜門の間の桜門よりの三分の一ほどだった。しかし、今回はより大規模に東隅から桜門脇まで崩れてしまった。昭和57年当時、崩壊した部分から大溝が見つかっている。詳細に調査されたわではないようだが本丸内を南北方向に走る大溝だったようだ。溝の跡が見えないか小峰城に行くたびに目を凝らしているのだが、残念ながら確認できていません。



06.24小峰城の様子2
06.24小峰城の様子3
06.24小峰城の様子4
06.24小峰城の様子5
竹の丸南面の石垣の崩落状況。櫓台状に張り出した部分の両側が崩れている。


06.24小峰城の様子6三重櫓と前御門。この部分の石垣は建物が復元される際に積み直しがされている。



小峰城の石垣はよく観察すると積み方・石の大きさ加工の度合いなどに違いが見られます。それが意味する事は何か、時代差であるとか帳場の違いであるとかも探っていく必要があると思います。幕末も近い阿部氏時代の石垣修理に関する資料はあるようですので、丹羽氏築城以降の石垣修理がどのように行われたのか、また丹羽氏以前の慶長期の絵図には三重櫓とその櫓台石垣が描かれています。土塁造りですが、主要な虎口も石垣が積まれていて縄張りも大差がありません。蒲生・上杉・再蒲生期の小峰城がどのような姿をしていたのか城下町の町割りも含めて探っていく事も大事ですね。小峰城につては下記の論文が今後の小峰城研究の方向性も含めてコンパクトにまとめられており参考になります。

★鈴木功(白河市教育委員会)『史跡小峰城跡』第5回北日本近世城郭検討会資料集「神指城跡と東北地方諸城の様相」2011年1月30日所収。

関連記事

講演会 両総の狭間を生きた酒井氏ー土気城周辺を巡る攻防ー

土気城を守る会事務局より講演会の案内を頂きました。詳細は下記の通りです。


講演会「両総の狭間を生きた酒井氏 ―土気城周辺を巡る攻防―」
               開催要項

1.主 催 土気城を守る会・千葉城郭研究会
2.後 援 千葉市教育委員会・土気町内会・千葉歴史学会・加曾利貝塚博物館友の会
3.協 力 (本寿寺)
4.趣 旨 戦国後期、北条氏と里見氏による房総支配が進むなかにあって、両総の狭間に独自の領域を形成した酒井氏とその居城である土気城のについて、最新の研究成果や発掘調査結果などをもとに、その歴史的価値を明らかにする。
5.内 容
   趣旨説明
 ?.酒井氏の史実と伝説   滝川恒昭氏
 ?.酒井氏の発展過程と城郭 遠山成一
 ?.土気城と城下      小高春雄氏
 ?.質疑・応答
6.日 時 2011年7月9日(土) 午後1時~4時
7.会 場
   本寿寺 千葉市緑区あすみが丘東1-1-6
   駐車場有
8.定 員 150名(申し込み不要)
9.資料代 300円
10.問い合わせ先
  土気城を守る会 杉田秀一氏 043-234-1221

日 程
 13:00 開会あいさつ  ?土気城を守る会会長  ?本寿寺住職
 13:10 趣旨説明
 13:15 講 演 ?13:15~13:55 滝川恒昭氏
           ?13:55~14:35 遠山成一
           ?14:35~14:50 休 憩
           ?14:50~15:30 小高春雄氏
 16:00 閉会あいさつ


関連記事

二本松城の被害の様子←福島県二本松市

6月25日(土)、東日本大震災で被害を受けた二本松城に行って来ました。被害の大きかった本丸は立ち入りが禁止されていました。白河小峰城のように崩落こそなかったようですがかなり大きな被害がでているようです。本丸、立ち入り禁止されているので、色々と情報を集めた所、石垣各所で孕み・歪み・歪がでたようです。東櫓台・本丸南面石垣の被害が大きいようです。本丸下の大石垣、天守台下の二段石垣は無事のようです。実見出来たところでは搦手門東側の石垣石が1つ抜け落ちていました。全体に見て小峰城のような大きな被害がなくて幸いでしたが本丸石垣の修理には時間がかかりそうです。


二本松城本丸石垣1立ち入り禁止。

二本松城本丸石垣2立ち入り禁止。

二本松城本丸石垣3立ち入り禁止。


二本松城大石垣大石垣。草に隠れて一部しか見えませんが被害はないようです。


天守台下二段石垣二段石垣。こちらも草に隠れていて二段に積まれている上段の石垣が見えませんが無事のようです。


搦め手門東側石垣1搦め手門東側の石垣。石が1つ抜け落ちっている。

搦め手門東側皮石垣2
近くに抜け落ちた石が転がっていた。


搦め手門石垣2搦手門石垣。
搦め手門石垣1搦手門石垣



二本松城庭園池1庭園の池。

二本松城庭園池2蓮の花。


箕輪門箕輪門。













関連記事

テーマ展「松平定信と周辺の人々」←白河市歴史民俗資料館

福島県白河市の白河市歴史民俗資料館にて6月3日(金)~7月24日(日)までテーマ展「松平定信と周辺の人々」が開催されています。内容は松平定信ゆかりの品他書状・絵画・墨跡と定信ゆかりの画人達の作品、刀工・陶工の作品や関係資料などが展示されています。この資料館の展示は複製やパネル展示はごくわずかで原資料が中心となっていて好感がもてます。入館料も無料ですのでぜひお出掛け下さい。

★白河市歴史民俗資料館


白河市歴史民俗資料館1

白河市歴史民俗資料館2

白河市歴史民俗資料館3

関連記事

黒羽藩大関家墓所←栃木県大田原市大雄寺

「黒羽藩主の扇子発見」という新聞記事を読んでいたら、黒羽藩主の墓所が東日本大震災で被害を受けた事をしりました。大関家の墓所は栃木県大田原市黒羽の大雄寺にあります。墓地に数か所の亀裂が入り、墓石の多くが傾いたり倒れたりしたようです。今回見つかった黒羽藩主の扇子は第25代藩主の大関増輔公のものとのことですが、不思議な事に増輔公の墓石は何事も無く無事だったそうです。ただの偶然と言ってしまえばそれまでなのですが・・・。しかし墓石というものは地震に弱いものなのですね。大田原家や福原家の墓所も被害があるようですし、芦野・伊王野・那須等々の墓所も心配です。

●大雄寺のHPに被害の様子が出ています。
   ↓
 ★大雄寺


●「黒羽藩主の扇子発見」の記事はこちら。
   ↓
 ★下野新聞



大関家墓所1合併前旧黒羽町の建てた案内板。合併後に新しくしたのだろうか?


大関家墓所2第25代黒羽藩主大関増輔公の墓(2008.08.09撮影)


大関家墓所318代までは一括で供養されている。(2008.08.09撮影)


大関家墓所4
大関家墓所5墓所の様子(2008.08.09撮影)


大雄寺本堂1大雄寺本堂(2008.08.09撮影)








関連記事

白河市指定史跡白河藩大名家墓所その3→松平(奥平)清照墓所

白河藩は7家21代の大名によって治められました。丹羽家の大隣寺が置かれたのを始めとして、榊原家の随寶寺、本多家の久松寺、松平(奥平)家の天祥寺、松平(越前)家の考顕寺、松平(久松)家の円明寺、阿部家の正法院が置かれていました。現在は墓所が残るだけでお寺は残っていません。そしてこの地に墓所が築かれたのは3家で合わせて4人となります。
今日紹介する松平(奥平)清照は徳川家康の外孫忠明の長男、忠弘の嫡男として生まれましたが、病弱なために廃嫡となりました。一説には生母の出自が賤しかった為とも言われています。したがって大名として家を嗣ぐことはありませんでした。そのためでしょうか他の3人の墓所に比べて簡素な感じを覚えます。貞享3年(1686)に没してこの地に埋葬されました。

松平清照墓所への参道松平(奥平)清照墓所への参道。


松平清照墓所1
松平清照墓所2
松平清照墓所4
松平清照墓所3
松平清照墓所7
松平直矩・基知の墓碑の高さは3・6mあるようですが、清照の五輪塔は2・7mだそうです。


松平清照墓所5
松平清照墓所6松平(奥平)家の九曜紋。







関連記事

白河市指定史跡白河藩大名家墓所その2→松平直矩・基知墓所

白河藩大名家墓所の二回目、松平直矩・基知の墓所です。松平家(越前)の時代には考顕寺がありました。現在、東日本大震災で被害を受けてしまい立ち入りが規制されていますが、被災前の修復後の姿をお伝えします。

松平大和守家墓所参道1墓所への参道です。修復前の石段はかなり傷んでいました。修復にともなって発掘調査もされていたようです。どのような知見が得られたのでしょうか興味深い所です。

松平大和守家墓碑銘立派な案内ができました。

松平直知墓所1参道を登ると松平基知の墓所が現れます。

松平直知墓所2立派な五輪塔です。

松平直知墓所3松平直矩の墓所より見た基知の墓所。



松平直矩墓所への参道松平直矩の墓所は基知の墓所より一段上にあります。

松平直矩墓所1
松平直矩墓所2
松平直矩墓所3こちらも立派な五輪塔です。雪で分かり難いかもしれませんが綺麗に修復されました。地震で再び傷んでしまったのは本当に残念です。




関連記事

郡山の歴史

「郡山の歴史」は福島県郡山市から昭和49年に『郡山市史』のダイジェスト版として刊行、昭和59年に一部改訂が行われ平成16年(2004)に全面改定が行われています。戦国期諸勢力が入り乱れて複雑なこの地域の歴史をコンパクトにわかりやすくまとめており、図版・写真も豊富で郡山の歴史を概観するうえで非常に便利な一冊となっています。郡山市役所本庁舎1階売店で一冊1000円で販売しています。

郡山の歴史表紙
郡山の歴史裏表紙

関連記事

長沼城被害の様子←福島県須賀川市

6月19日(日)に福島県須賀川市の長沼城に行って来ました。地震の影響でしょうか本丸壁面の崩落や石垣の崩落等が見られました。南帯廓から本丸への通路が亀裂の為に通行止め。本丸東側の南寄りの壁面が崩れていて手すりが歪んでいました。本丸の神社裏の石垣が崩れて、二の丸の石垣も一部崩れています。

南帯廓より本丸への通路南帯廓から本丸への通路
東門から本丸に入ってこの通路を見て見ましたが亀裂が入ってその後の雨のせいでしょうか若干崩れていました。


本丸東側壁面の崩落状況1
本丸東側壁面崩落状況2本丸東側の壁面が一部崩れ手すりが歪んで傾いていました。壁面の崩れはさほどではありません。


本丸神社裏石垣1本丸に建つ神社の背後の石垣も崩れています。

本丸神社裏石垣2同じ部分を北側から見て見ました。

この部分を2009年4月12日撮影の写真と比べてみると。
本丸神社裏石垣1-2009.04.12
本丸神社裏石垣2-2009.04.12以前と比べると結構崩れています。ここの石垣は写真のように積み方が不自然な感じでした。発掘調査ではここに門があったことがわかっており廃城の際に石垣が崩されて門が埋められているので門を塞ぐために積まれた物かあるいは神社を建てる際に整備したものか微妙なところです。手元に発掘調査報告書がなく、平成14・15年度の現説資料をみているのですがよくわかりません。どなたかご教示を頂けますとありがたいです。


二の丸から見た本丸西門石垣2011.06.19二の丸より見た本丸西面の石垣、本丸西門跡の脇の石垣ですが、以前と比べるとやはり崩れているようです。次の2009年4月12日に撮影したものと比べて見て下さい。
本丸神社裏石垣3-2009.04.12

久しぶりに長沼城に行きましたが、以前と比べるとかなり荒れたような気がします。須賀川市も東日本大震災でダムが決壊し甚大な被害がでました。時節柄大変ではありましょうが長沼城は地域の歴史にとって重要なお城だと思いますこれ以上荒れ果てない事を祈るばかりです。


関連記事

福島県文化センター四〇周年記念出版 ふくしま発信 直江兼続と関ヶ原ー慶長五年の真相をさぐるー

財団法人福島県文化振興事業団から福島県文化センター開館四〇周年記念出版として「ふくしま発信 直江兼続と関ヶ原 -慶長五年の真相をさぐるー」が刊行されました。平成二〇年から二年間にわたっておこなわれた「ふくしま発信事業」とその関連事業で得られた成果をまとめたものです。とくに二〇〇九年にNHKで放映された「天地人」にちなんでおこなわれた企画展・講演会・シンポジウム等でえられた成果が中心になっています。北の関ヶ原と称される事もある慶長五年の政治的・軍事的緊張についての最新の成果がまとめられており見逃せません管理人も多くの企画展や講演会に参加しましたが、こうして豊富な図版や資料とともに活字化されたことは嬉しい限りです。限定280部の出版で残りわずかのようです。興味のある方はお急ぎくださいね!!

詳細はこちら
  ↓
★財団法人福島県文化振興事業団


直江兼続と関ヶ原1

直江兼続と関ヶ原2



関連記事

小山市立博物館第57回企画展「戦国の装い~伊澤昭二甲冑コレクションの世界」

栃木県小山市の小山市立博物館で6月4日(土)から第57回企画展「戦国の装い~伊澤昭二甲冑コレクション」が開催されています。6月12日(日)栃木県民の日協賛で入館が無料でしたので見学に行って来ました。歴史系の書籍で良く見かける甲冑が多数展示されていて見応えがありました。7月18日(月)まで開催されています。

詳細はこちら
  ↓
★小山市立博物館

小山市博物館1

小山市立博物館2

小山市立博物館4

小山市立博物館5

関連記事

小山祇園城の被災状況←栃木県小山市

6月12日(日)に東日本大震災により城跡の一部崩落が伝えられていた栃木県小山市の祇園城に行って来ました。まず思川にかかる観晃橋より城跡を眺めて見ましたが飛山城のような大きな崩落は確認できませんでした。城内に入ると思川に面した曲輪の端に立ち入り規制の黄色いテープが数か所見られました。地震により亀裂が入ったようです。今回はあまり時間がなく詳細に調べる事ができませんでしたが、被害は思いのほか軽微のようです。飛山城のような大きな崩落がなくて幸いでした。

観晃橋より望む祇園城跡思川にかかる観晃橋から見る祇園城跡


祇園城内の規制線1祇園城内の規制線


規制案内板祇園城内案内板


祇園城内規制線2祇園城内規制線





関連記事

中畑城跡発掘調査現地説明会

6月11日(土)、岩手県奥州市の中畑城跡で発掘調査現地説明会が開催されます。岩手県内では2例目という障子堀が確認されました。興味深い現説ですが残念ながらさんかできません(T_T)
詳細はこちら
  ↓
★期  日 : 平成23年6月11日(土)
★住  所 : 奥州市前沢区古城水上西88番地
★時  間 : 午後1時半~
★調査事務所TEL : 080-2819-6650
  

★岩手日日新聞社
★公益財団法人岩手県文化振興事業団埋蔵文化財センター

関連記事

郡山市遺跡ガイドブック『守山城跡と郡山の城館』

福島県郡山市の郡山市教育委員会から『郡山市遺跡ガイドブック「守山城跡と郡山の城館」』が刊行されました。発掘成果をもとに守山城についてわかりやすく解説されています。また郡山市内のいくつかの城館跡についても縄張り図付きで紹介されていて郡山市域の城館を概観できて便利な内容となっています。郡山市内の遺跡を紹介するこのシリーズは平成20年から刊行されていて今回が4冊目です。城館関係では平成21年に刊行された「埋もれていた中世のまち荒井猫田遺跡」も参考になります。次はぜひとも安子ヶ島城をお願いしたいですね。

価  格:1冊500円

販売場所:郡山市教育委員会文化課(ミューカルがくと館)
     市役所分庁舎1階市政情報センター

守山城ガイドブック1

守山城ガイドブック2

荒井猫田遺跡ガイドブック1

荒井猫田遺跡ガイドブック2






関連記事
プロフィール

元祖nekodarake

Author:元祖nekodarake
FC2ブログへようこそ!

★城と戦国武将が好きなnekoです。のんびり更新していきます。お楽しみ頂けましたら幸いです。
★更新情報等掲示板に書き込みしますので掲示板も覗いてみて下さい!!

お城の話掲示板
カレンダー
05 | 2011/06 | 07
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
リンク
FC2カウンター
FC2カウンター
現在の閲覧者数:
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
645位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
107位
アクセスランキングを見る>>
お城の話

FC2Blog Ranking

検索フォーム
RSSリンクの表示
Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR